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蜂須賀忠英タイトル

 戦国大名の子として生まれる。曾祖父である小六正勝は、城持ちとはならず、その子家政にゆずる。家政の子である父・至鎮は、関ヶ原の戦いで戦功をあげ、阿波にとどまらず、淡路一国をも含めた計二十五万七千石を領した。徳川家に仕える誓いのために、三歳の忠英をつれて家康の前にでたという、その父を病で失った忠英は、祖父・家政の後見で十歳で藩主となる。
 蜂須賀家は、その後、秀れた治世者はでず、全く血は絶えてしまい、養子がつづく。 
 墓所は、代々勝手気ままに墓が建立されていて、五輪塔に角石塔に卵塔に、中でも一番の巨石がこの人である。

蜂須賀忠英の墓
戒名 興源院殿熙峯天庸大居士
職業 徳島藩主 
没年齢 -
所在地 徳島市・興源寺
墓の方位 東南
正面入り口の方位 東南
玉垣 -
境石 95cm
竿石 310cm
石質 白御影石
墓のスタイル 卵塔
台座 2段・高さ82cm
1987年現在の資料に基づいております。
墓地所在地は、変更になっている場合があります。

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